| ご挨拶 平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。 さて突然ですが、私 酒井茂一は(社)日本鍼灸師会の役員選挙に出馬させていただくすることに相成りました。 といいますのも、先日行われました常任理事会ならびに理事会において、ご説明させていただきました平成15年度のIT委員会としての事業計画「(社)日本鍼灸師会のレセプト対応電子カルテシステムおよびその流通に関する計画」に関連するのですが、これは今後の会の命運を左右する重要な案件ということで、15年度における会の基本計画となりました。しかし、これを遂行するには他の部会と常に連携をとりつつ行う必要があります。 また、井上慶山総務部長が組織の再編に伴い、総務局の下に新たに「情報技術部」というものを設置され、この下にIT委員会が置かれることになりました。 そして、この情報技術部を部長として責任をもって牽引していってくれないと困るといったご意見や暖かい励まし、半ば半強制的なご指示が井上先生や理事の先生方からもありました。そこで、だいぶ悩みましたが、私のような若輩者でも会員の皆様のお役に立てることがあるのであれば頑張らせていただこうと、今回の選挙に理事として立候補させていただくことを決意したものです。 なお選挙に出るなどということは数日前まで夢にも思っていなかったもので、立候補に間に合わせるために書類を用意したり、お願いの電話をしたり毎日あたふたしております。 また、今回の事業計画の立案、企業との交渉、他会との折衝、実務作業などで年中パソコンの前に貼り付いています。このような常識外れな手段(新しい選挙活動になる可能性は十分ありますが)によるお願いをお許しください。そして何卒ご支援のほど、お願い申しあげる次第です。 |
| 2003年3月30日 酒井茂一 |
【所信表明】 |
| 1986年当会に入会以来、私が継続して行ってきた活動は「安全で衛生的な鍼灸の普及活動と情報化推進活動」です。その間、千葉県鍼灸師会においては広報部長として、本会では松本弘巳先生が学術部長であられた頃に幹事として、近年は広報部幹事、総務部幹事、IT委員会委員として会活動に関わって参りました。そこで、ここでは情報化活動についてのみ経歴を紹介させていただき所信表明とさせていただきます。 1989年4月から私と友人と二人の鍼灸師ではじめた当時パソコン通信と呼ばれていたメディアを利用した同業者同士の交流や情報を活用した鍼灸の普及啓蒙活動が、90年3月にNIF【鍼灸ネット】となり、Nifty-Serve内にプライベートフォーラムを設立。相談役に当時の当会会長であった小川晴通先生も名を連ねていただき、青年部全国集会in千葉県成田をきっかけに日鍼会会員を中心としたメンバーによる情報化推進活動がはじまりました。 94年にプライベートフォーラムから正式に「鍼灸の部屋」というのが漢方フォーラム中に作られ、現在も続いています。これを期に発展的解散を行い、94年11月に神奈川県の自治体が第3セクターで行っていた「Kネット」に鍼灸サロンを開き、新たな参加者を募り活動を開始しました。 96年頃からインターネットに徐々に活動の拠点を移し始め、やがて「鍼灸院紹介所」を個人的に開設。当時はインターネットで鍼灸院を検索すると数件しか登録されていなかった状況で、現IT委員の萩原が中心となり98年8月harikyu.comというドメインを取得、私の「鍼灸院紹介所」をコンテンツに加えて国内ではじめての鍼灸ポータルサイト(コミュニティー)を開設、ボランティア参加の鍼灸師達と各種実験を現在も繰り返しています。 その一方、インターネット上に鍼灸情報があまりにも少ないことを危惧し、多くの鍼灸団体や関連する施設、企業などに働きかけホームページ開設をお手伝いしてきました。当会も例外ではなく、他にも(社)全日本鍼灸学会なども現在継続して管理運用にあたっています。 さらに、鍼灸師のホームページ開設を促すために医道の日本誌等々雑誌媒体を利用したネット普及活動と、当会における今後の戦略をたてるための各種情報収集をライターの取材活動の一環として行ってきました。 これら17年間におよぶ活動を通じて、今現在の私があり、総務部IT委員会における事業の立案と実行計画、そして15年度事業計画へと結びついています。 なお、今までもこれからも一会員として、名前や役職など必要のない裏方作業員としてのスタンスは変えるつもりはなく「会には会員を、鍼灸院には患者さんを一人でも多く!」のスローガンも掲げて今後も活動していくつもりです。 しかし、この15年度IT委員会事業計画を実施に移すには、各局部会との連携が必要不可欠となり、作業を円滑に進めるため今回新たに設置された「情報技術部」の推進スタッフとして微力を尽くしたく、役員選挙の理事に立候補するものです。 |
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