橈骨神経麻痺の鍼灸治療

橈骨神経麻痺(Saturday night palsy)

「土曜の夜の腕枕」という艶っぽい名称になっておりますが、これになるととても辛い症状が起こります。

酔払い

原因

一般的には腕枕や泥酔して寝てしまって腕が固いひじ掛けなどに押し付けられて起こると言われています。が、あまり知られていませんが案外多いのがSMの緊縛(縄で縛ること)事故によるものです。写真を見てください。吊るされている状態で上腕が縄で締め付けられ体重がかかって圧迫されています。これは緊縛師というプロの仕事なので腰からとった縄と胴の部分と両腕の縄とで力が分散していますので見た目ほどきつくはないですが。kinbaku.jpg

しかし、いくら気をつけていても事故が起こる時はおこってしまいます。

mahi.png橈骨神経は腕神経叢の後神経束から出て上腕三頭筋の内側頭と外側頭の間にあり上腕骨の後面にある橈骨神経溝という溝を通って下降し上腕と前腕の伸筋を支配します。

図で(B)の部分は橈骨神経溝の部分で上腕骨の外側に神経が回り込んでおり、ここで神経が骨に押し付けられるように外側から圧迫されると神経の損傷が起こります。
また脇の下(A)の部分で圧迫されるケースもあります。

緊縛では後ろに手をまわして上半身を縛る「後手縛り」というスタンダードな縛り方の時にカンヌキといって胸に横にかけた縄がすっぽ抜けて首を絞めたりしないように脇の下に滑り止めの縄を通すのですが、これによって圧迫される場合もあります。

この部分は橈骨神経のみならず手の神経である尺骨神経や正中神経も通っていますので、それらに傷害が発生することもあるでしょう。

他にも絞扼性神経麻痺の好発部位として肘から先では短橈側手根伸筋起始部から始まるフロセ(Frohse)のアーケードという回外筋入口部の狭いトンネルに入るところで起こる「後骨間神経麻痺」というのもあります。

また両手を手錠のように縛ることで傷つけられると手根骨と靭帯でできている手根管の中で正中神経が慢性的に圧迫や絞扼が起こり痛みが生じます。

グランド(床の上で縛る)ならほとんど問題になることはありませんが吊るとなると、うまく体重を分散するように何本もの縄を使ったり皮膚に当たる部分の縄の本数を増やしたりと、慎重に行わなくては危険です。なるべく早い展開で次のポーズに移行するようにし、特に横吊りなどは極力避ける方が無難です。そして万が一パートナーが異常を訴えたら、躊躇なく縄を切断し短時間で解放してください。鎌型のロープナイフがお勧めです。

一時的なものなら長く正座した後で立ち上がった時のようにジンジン・ビリビリが一時的に起こる程度で済むでしょう。
ちなみにこの状態は絞扼によって神経に繋がっている血管が圧迫され、血液が送り込まれなくなることでATP合成が妨げられ神経線維の細胞膜にあるカルシウムイオン(Ca2+)が細胞から離れて細胞膜の電気抵抗が低下したために活動電位が小さくなり伝達が阻害され、同時にナトリウム-カリウムポンプも阻害され・・・といった発生機序があるのですが、ポンプが回復し脱分極していた膜電位も正常(静止電位)になれば回復します。

症状

症状は神経の損傷があった部分によって違ってきます。

一番多いのは橈骨神経麻痺の「下垂手(Drop hand)」で、これは(B)の部分が損傷するとおこり、支配領域が親指と人差し指の辺りなので、ここに感覚の異常・麻痺などが生じます。kasuide.jpg

肘関節の屈側が損傷すると後骨間神経麻痺の「下垂指(Drop finger)」になり、これは手首の背屈は可能でも手指の付け根の関節の伸展ができなくなり感覚異常はないものの指だけが下がってしまいます。神経線維が麻痺している状態、ないしは感覚が無い状態を「シビレている」と表現する方もいますが、こういった状態を放置してはいけません。

神経は酸素不足の状態に弱く、潤沢に血液が行かなくなると情報を伝達できなくなります。また神経線維は髄鞘(ずいしょう)に被われ絶縁されていますが、そこが壊れていると神経の興奮が他の神経線維にも伝わってしまい嫌なジンジン・チクチクする感覚がいつまでも取れないで疼き続けます。

診断

傷害部を叩くと支配領域に疼痛が放散する現象であるチネル(Tinel)サインを確認することで、傷害部位を見つけることが出来ます。詳しくは病院で各種検査を受ける必要があります。

処置

外傷によるダメージが大きいものは手術が必要です。それ以外の保存療法的な処置(装具をつけたりビタミン剤などの内服や運動療法や保温など)で経過観察の場合は1~3か月を目途に次の方針をたてられることが多いようです。しかし、ここで鍼灸を開始すれば回復が早まります。施術開始は早ければ早いほどよく、予後も良好になります。

期間と費用

特にSMの事故などでは交通事故のように障害を加えた相手が保険に入っていて、それから支払われるというようなことはなく泣き寝入りになるケースが多いようです。ちなみに交通事故で怪我をさせてしまった場合は通院期間1か月で2~30万円程度、後遺障害が残ってしまったら等級にもよりますが14級で110万円程度と決まっているそうです。よって自腹で治さなくてはいけないなら、安く、しかも早く治す必要があるでしょう。

鍼灸

橈骨神経麻痺の鍼治療

鍼灸は保存的療法で思ったような効果が得られない状況に対応でき、整体やマッサージなどの表面からのアプローチと違い直接損傷部位に刺激を加えることができるので時として絶大な効果を発揮します。

一般的に鍼灸院で扱われる神経麻痺の施術で一番多いのは顔面神経麻痺ですが、麻痺は得意分野といっていいでしょう。

具体的には、当院は損傷部位を特定し、その周囲に鍼を刺し微弱な電気を流して筋肉を強制的に動かして神経や筋肉に刺激を与えます。加えて超音波によって血行を促進し回復を早めます。早ければ数回で効果を感じていただけます。また、刺激を毎日加え続けるために自宅で自分で温灸や外側上腕筋間中隔を中心としたセルフマッサージなどをやっていただくこともあります。橈骨神経麻痺の温灸治療

写真は上から橈骨神経麻痺の鍼、温灸と皮内鍼、マッサージの指導、後骨間神経麻痺への鍼です。

遠方よりお出でいただく方も多いので、なるべく効果が長く持続するようにトゲのような鍼を何か所かに絆創膏で留めて1週間ほど刺激を与え続けてもらう方法をとることもあります。

しかし、鍼といっても標準的な共通の方法があるわけでは全くなく、先生が違えば施術法や効果も違います。回数や期間も傷害の程度や発症原因、経過などによって違ってくるので一概に何回で治りますなどとは言えません。来院が難しい地方の方には知り合いの鍼灸院をご紹介することもあります。後骨間神経麻痺のマッサージ

相談だけでも結構ですので、このような症状でお悩みなら一度連絡下さい。<<病気相談>>

※写真は今回ご協力いただきました緊縛師であり鍼灸師の「長田一美」さんのスタジオで撮影したものを許可を得て掲載させていただいています。長田さんのWebには他のSM事故などについて詳しく記載してあります。
よかったら参考までにお立ち寄りください。>>オサダ・ゼミナール

足のシビレ

手と同様に足が痺れる症状でお困りの方は多いかと思います。
上記橈骨神経麻痺のページを見てお問い合わせをいただくこともあるので以下に最も多い足のシビレや感覚異常を引き起こす例を付け足します。

外側大腿皮神経と腓骨神経麻痺

Column

得意とするもの

線維筋痛症など酷い痛み

2023-11-21

痛みというのは耐え難いものです。それが、毎日続くとなるとQOL(生活の質)を著しく低下させます。そもそも「痛み」というのは何なんでしょう?痛...

スポーツ障害

2022-11-23

太もも(ハムストリング)の肉離れは選手にとって致命的ともいえる悲惨な状況に陥ることが多いです。しかし、焦って練習を早期に再開すると再発する恐...

爪甲剥離

2022-11-23

爪甲剥離とビュルガー(バージャー)病Q. 爪甲剥離に鍼灸は効きますか?今、病院にかかっていますが爪甲剥離がなかなか良くなりません鍼灸での効果...

花粉症

2022-11-23

花粉症の鍼灸基本的には花粉症をおこす体質を改善する全身治療を行ないます。つまり身体にある関連する経穴や経絡に適当な刺激を加え、起こりにくい身...

美容鍼

2022-11-23

美容鍼灸ブーム?最近はすっかりブームになっている「美容鍼」ですが特に女性鍼灸師や若い方々には人気が高く芸能人のファンも多いようです。私は以前...

膝の痛み

2021-04-08

変形性膝関節症など膝関節の障害でお悩みの方は多くいらっしゃいます。変形してしまった軟骨に鍼灸は効かないと思っている方もいらっしゃるかもしれま...

薄毛や脱毛の鍼(はり)

2020-09-15

薄毛と脱毛の鍼灸頭皮と頭蓋との間がぶよぶよしているとか逆に薄く硬いような状態があったら注意しなくてはいけません。これは血や水が停留していて正...

目の不調(バセドウ病など)

2020-09-09

鍼灸がよく効く目の不調一言で目の不調といっても様々ですが、鍼灸が効果的なケースが多くあります。目は、このように多くの筋肉によって支えられてい...

動物への鍼灸

2020-01-13

動物の鍼灸(はり・きゅう・マッサージ)西洋の近代獣医学が導入されたのは、明治5年からになります。それ以前は主に家畜や、戦国時代だったら武将な...

鍼灸って何に効くの?

2020-01-12

世界保健機関であるWHOではなどに効果があると示されています。?...

外側大腿皮神経と腓骨神経麻痺の鍼灸治療

2020-01-11

通常キツい下着やコルセットによる締め付けが原因と言われていますが、中世の貴婦人のドレスじゃあるまいし苦しいのであまり原因としては考えられませ...

小児のマッサージと鍼

2020-01-10

スキンタッチという小児鍼法当院でお母さんたちに指導している子供向けのマッサージや家庭出来きる対処法があります。鍼でも刺さない子供向けのものが...

橈骨神経麻痺の鍼灸治療

2020-01-09

橈骨神経麻痺(Saturday night palsy)「土曜の夜の腕枕」という艶っぽい名称になっておりますが、これになるととても辛い症状が...

アトピー性皮膚炎と花粉症

2020-01-09

アトピー性皮膚炎や花粉症は「肺の病気」「肺は皮毛をつかさどる」と東洋医学の古典に書かれており、肺は皮膚を支配しているとされています。子供のこ...

顔面神経麻痺

2020-01-08

顔面が麻痺する原因はこれは様々です。代表的なものに帯状疱疹ウイルスが顔面神経管の中の顔面神経に感染して生じる「ラムゼイ・ハント症候群」があり...

スポーツ障害に鍼灸は多用されている

2020-01-07

オーバーユースによる障害やフォームの悪さが原因でおこるスポーツ障害を多く見てきました。最近は健康になるためにスポーツを始める中高年も多く、地...

脳の病気にも鍼灸が有効

2020-01-06

昔から脳波やf-MRIによる解析で鍼灸が脳にどのような影響を与えるかの研究を行ってきました。写真は千葉大にて脳波測定中!被検者は鍼灸学校の学...

更年期障害にこそ鍼灸

2020-01-05

案外知られていないようですが鍼灸は更年期障害に有効です!女性特有の誰でも多かれ少なかれ悩まされる病気の一つに更年期障害があります。症状は人に...

漢方薬と合わせて不定愁訴も

2020-01-04

 併設の漢方薬専門の薬店薬石効無くということわざの語源 当院は鍼灸施術が主体になり「舌診・脈診・腹診・望診・問診」といった漢方の所見プロセス...

子宝鍼灸

2020-01-03

古くから行ってきた逆子の矯正に加え、最近は不妊から出産後の体調回復、産後うつまで幅広く対応します。また、漢方などを組み合わせることによって体...

パーキンソン病と鍼灸に関する研究

2020-01-02

神経難病、特にパーキンソンやALSがありますが、鍼灸は有効であるという証明をするための研究に千葉鍼灸学会として長く携わってきています。この写...

鍼灸や漢方で心と体を癒し免疫力UP!

2020-01-01

新型コロナに免疫力で打ち勝つ!!自然免疫を獲得するにはウイルスなどの外敵対策として重要なのは「感染しないように防御する」ことですが、同時にウ...